【対決!コナーズvsボルグ】

 

※データはATPより引用
Bjorn Borg (SWE) vs. Jimmy Connors (USA)
1973-11-04 Stockholm Indoor Hardcourt SF Bjorn Borg (SWE) 6-4 3-6 7-6
1974-08-05 Indianapolis Clay F Jimmy Connors (USA) 5-7 6-3 6-4
1975-08-27 U.S. Open Clay SF Jimmy Connors (USA) 7-5 7-5 7-5
1975-11-06 Stockholm Indoor Hardcourt SF Jimmy Connors (USA) 6-2 7-6
1976-01-26 Philadelphia Indoor Carpet F Jimmy Connors (USA) 7-6 6-4 6-0
1976-03-22 Palm Springs Hardcourt SF Jimmy Connors (USA) 6-4 6-1
1976-09-01 U.S. Open Clay F Jimmy Connors (USA) 6-4 3-6 7-6 6-4
1977-06-20 Wimbledon Grass F Bjorn Borg (SWE) 3-6 6-2 6-1 5-7 6-4
1977-01-23 Pepsi Grand Slam Clay F Bjorn Borg (SWE) 6-4 5-7 6-3
1978-01-02 New York Indoor Carpet F Jimmy Connors (USA) 6-4 1-6 6-4
1978-01-22 Pepsi Grand Slam Clay F Bjorn Borg (SWE) 7-6 3-6 6-1
1978-06-26 Wimbledon Grass F Bjorn Borg (SWE) 6-2 6-2 6-3
1978-08-29 U.S. Open Hardcourt F Jimmy Connors (USA) 6-4 6-2 6-2
1979-02-11 Pepsi Grand Slam Clay F Bjorn Borg (SWE) 6-2 6-3
1979-04-23 Las Vegas Hardcourt F Bjorn Borg (SWE) 6-3 6-2
1979-06-25 Wimbledon Grass SF Bjorn Borg (SWE) 6-2 6-3 6-2
1979-10-29 Tokyo Indoor Carpet F Bjorn Borg (SWE) 6-2 6-2
1979-12-09 WCT Challenge Cup Indoor Carpet F Bjorn Borg (SWE) 6-4 6-2 2-6 6-4
1980-01-07 New York Indoor Carpet RR Bjorn Borg (SWE) 3-6 6-3 7-6
1980-02-23 WCT International Indoor Carpet RR Bjorn Borg (SWE) 6-3 6-1
1981-01-12 New York Indoor Carpet SF Bjorn Borg (SWE) 6-4 6-7 6-3
1981-06-22 Wimbledon Grass SF Bjorn Borg (SWE) 0-6 4-6 6-3 6-0 6-4
1981-08-31 U.S. Open Hardcourt SF Bjorn Borg (SWE) 6-2 7-5 6-4
Bjorn Borg (SWE) leads 15:8
Hard: Tied 3:3
Clay: Tied 3:3
Grass: Bjorn Borg (SWE) leads 4:0
Carpet: Bjorn Borg (SWE) leads 5:2

【70年代最強選手の激突】

総合の対戦成績は15勝8敗とボルグがリードしている。

初顔でこそボルグが勝利しているが、対戦前半はコナーズ
後半はボルグという明確な力関係の推移を見せている。
最後の10戦は2年余の中に集中して行われておりボルグが全てで勝利している。

グランドスラムでの対戦は、ウィンブルドンと全米に限られていた。
最後の対戦を唯一の例外として、ここでも勝ち負けがはっきりしている。

またコート別では、クレーコートで3勝3敗の五分となっているのが印象的だ。
クレーはボルグが最も得意としたコートであり、同時にコナーズが最も苦手としたコートである。
もっとも、この6戦はいずれも今日一般的なレッドクレーではなく、
当時アメリカで主流であったグリーンクレーだったということには触れておく必要があるだろう。
コナーズはレッドクレーよりもグリーンクレーで遥かに高い成績を残しているからだ。

一方、両者共に得意としたグラスコートではボルグの4勝0敗となっている。



【コナーズ<ボルグ?】

 
一般的には、
男子テニス界はまずコナーズ時代があり、その後ボルグが登場して、
コナーズ時代に終止符を打ったというイメージになるのではないだろうか。

ボルグ引退後に再びコナーズが1位争いを行っていることでも
その印象を実に強くさせている。

これを踏まえると「コナーズ<ボルグ」という図式が浮かんでくる。

これはある意味正しい。
ボルグコナーズの後に頂点に上り詰め、最強時代を築き上げた。

しかし、この「コナーズ<ボルグ」という現在一般に考えられている明確な評価は、
やや正確性を欠いているとも言える。

決してボルグは、颯爽と登場して、
あっという間にコナーズから王座を奪い去っていったわけではないからだ。



【グランドスラム】

 
コナーズが最初にグランドスラムに勝ったのは1974年。
そして、ボルグが最初に勝ったのもやはり1974年である。
2人の年齢差は4歳。テニス界においてはそこそこの差だと言えるが、
早熟にして引退も早かったボルグのキャリアを考えれば
ほぼ同時代に活躍した選手と見ていいだろう。

1970年代の2人のグランドスラム戦績を比較すると以下のようになる。

コナーズボルグ
全豪全仏全英全米全豪全仏全英全米
1974優勝 優勝優勝3回戦優勝3回戦2回戦
1975準優勝 準優勝準優勝 優勝ベスト8ベスト4
1976  ベスト8優勝 ベスト8優勝準優勝
1977  準優勝準優勝  優勝4回戦
1978  準優勝優勝 優勝優勝準優勝
1979 ベスト4ベスト4ベスト4 優勝優勝ベスト8

優勝回数に注目して話をすると、
やはりグランドスラムではボルグのほうが成績が良い。
これだけでボルグのほうが強いと言っても間違いではないのだが、
この裏には、隠されたデータがあることを忘れてはならない。

二人ともほとんど出場しなかった全豪はさておき、
1970年代のほとんどでコナーズは全仏にも出場していないのだ。

コナーズは意図的に全仏に出なかったわけではない。
運営とのトラブルで出場が許されていなかったのだ。
ランキング争いをする中でグランドスラム一つを欠場するというハンデは大きい。

そのコナーズ抜きの全仏で、ボルグが何度も優勝しているという点は、
取りこぼしをしないボルグの本領発揮と言えるわけだが、
事実上、2人のグランドスラム対決はウィンブルドンと全米に絞られていた。
ウィンブルドンではボルグが5連覇を果たし、
全米ではコナーズが5年連続決勝進出を果たした。



【ランキング争い】

 
もちろん、グランドスラムは大きな要素だが
それだけでテニスの全てを語ることはできない。
ボルグがグランドスラムに勝ち続け、一方でコナーズ
全仏出場停止だった期間のランキングはどうなっていたのだろうか。

年別最終ランキング(1974-1979)
1974年1975年1976年
1位 コナーズ1位 コナーズ1位 コナーズ
2位 ニューカム2位 ビラス2位 ボルグ
3位 ボルグ3位 ボルグ3位 ナスターゼ
 
1977年1978年1979年
1位 コナーズ1位 コナーズ1位 ボルグ
2位 ビラス2位 ボルグ2位 コナーズ
3位 ボルグ3位 ビラス3位 マッケンロー

コナーズがずっと1位を死守しており、
ボルグは2位と3位を行き来していたことがわかる。
グランドスラム成績からだと、ボルグ有利と思わせる期間だが、
決してコナーズは覇権を奪われていたわけではなかったのだ。

この間、ボルグは一度だけ、
1977年8月にコナーズから1位の座を奪っている。
しかし、僅か1週で奪い返されてしまっていた。

思ったよりも遥かに長く、コナーズボルグを抑えていたことがわかる。
その後ボルグが1位になるのは1979年になってからだ。



【ボルグ時代の到来。そして終焉】


1979年の最終ランキングで1位を獲得したボルグは、翌1980年も1位をキープする。
1979年といえばコナーズの全仏出場が可能になった年であり、
その意味で、ボルグの覇権は紛れも無く本物になったと言っていいだろう。
コナーズとの直接対決でも、1979年以降負けなしであり
遂に確実なボルグ時代を築き上げることに成功した。

が、この絶対と思われた時代も、決して安泰ではなかった。

そう。ご存知ジョン・マッケンローが迫っていたからだ。

まだ1980年の段階では、ほぼ一年中ボルグが1位を守っていたが、
それでも2度ほどマッケンローが顔を出してきていた。
翌1981年も前半はボルグが1位を守っていた。
しかし、8月にマッケンローに奪われてしまうと、
そのまま年末を迎え、ボルグ時代は唐突に終わってしまうのである。

結局、ボルグの覇権は約2年間であった。
テニス史上から見ればこれは充分に素晴らしい数字であり、
この間のボルグの強さも絶対的であったと言える。
しかし、データから見るボルグのあまりの強さを考えると、
決してイメージどおりの長さではなかったと言えるだろう。

 
ボルグ時代の終焉と同時に、テニス界はマッケンロー時代へと突入した。
しかし、一度覇権を明け渡したジミー・コナーズが、
ここから劇的な復活を見せ、マッケンローと互角に渡り合って行くのである。


改めて、ボルグの早すぎる引退は惜しいと感じる。
果たして、引退を伸ばしていたらその後どうなっていたかというのはわからないが、
最強時代のインパクトの強烈さはコナーズのそれを凌いでいるのは事実だ。
今もって史上最強と呼べる選手の一人だが、
この上尚更なる可能性があったのではとも思わせる稀有の存在ですらある。


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