サリエーリ音楽塾 コラム |
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食について 3.ロッシーニの場合 |
音楽家【食】シリーズ。 第3弾となる完結編では、やはりロッシーニに登場願わないわけには行かないだろう。 ロッシーニは当時の音楽家としては珍しく長命であったが、 作曲にいそしんだのは30代までであり、 後半生は、高級レストラン「グルメ天国」を経営し、 またトリュフを掘るための豚の飼育に専念した。 ロッシーニは料理界でも名を残し、 牛フィレ肉の「ロッシーニ風トルネード」は今でも知られている。 ある時、その音楽を敬愛していたワーグナーが、ロッシーニを訪ねた。 オペラ劇場について熱く語りたいワーグナーだったが、 ロッシーニは話の途中で何度も席を立った。 困ったワーグナーが何故席を立つのか尋ねると、 ロッシーニは 「鹿の肉を焼いていて絶えずタレをかけねばならんのです」と答えた。 ワーグナーの仕掛ける音楽談義に、ロッシーニは料理談義で応じた。 「私は2度泣いたことがあります。 1度はパガニーニの演奏を聞いたとき、 もう1度はトリュフの詰まった七面鳥が舟から落ちてしまったときです。 あれは泣きました」 ワーグナーは理解できなかった。 ロッシーニは音楽家としても名声をほしいままにした。 ウィーンでの人気はベートーヴェンよりも上だったといわれる。 そして後半生はこの上なき美食三昧であった。 あるいは最も幸せな音楽家こそロッシーニだったのかもしれない。 皆さんも機会があれば 「ロッシーニ風トルネード」に「レバー団子入りスープ」を添えて 「リューデスハイム・ワイン」と共に召し上がってはいかがだろう。 |
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